2013/01/03

HELLO 2013


 
 
あけましておめでとうございます

こんにちは、新しい年

終わりから始まり
... いのちの輪がめぐる

Life is a circle.

いのちの輪っかはどこから始まりで、どこが終わりかわからない
その営みの連なりのなかで世界ができあがってる
わたしもそのひとつ

そうしてきょうもまた、同じように時間がながれてく

波にのったり、揺られたり
手をつないだり、話したり

ことしはどんな軌跡を描くだろう

ことしもどうぞ、よろしくおねがいします




2012/11/16

11.16 鍬と種

ハロー、マイ・シスター、
ハロー、マイ・フレンド。


さいしょに、
わたしの手紙が不在のあいだ、
わたしに手紙をくれた友だちへ、
ありがとう。
救われました。

すこぶる元気ではないけれど、
手紙をかけるくらいにはまともになってきました。たぶん。


ひさしぶりの手紙は、鍬と種のこと。


まず、鍬のこと。

わたしの敬愛している翻訳家で児童文学家の石井桃子さんが、
戦争中の疎開先の仙台で、
女性二人で開墾して農業を始めたのを知ったのは、ちょうど一年前くらい。
わたしはそれから、
なにかあるたび、とくにひとりで落ち込んだとき、
石井さんが握った鍬のことを思う。
彼女がみていた北の景色を思い浮かべる。
想像だけど。
寒い北の地で開墾を始めた石井さんはどんな気持ちだったのだろうとか、
そこに託された希望とか、
冷えた土とか、
植えられた種とか。

わたしは鍬を持っているだろうかって、いつも考える。




そして、種のこと。

きょうから3日間、
路地と人で開催されるコートニー・コームスの展示に絡んで、
女性のための対話のテーブル、
“思考の種 Food of thought”という集まりをします。

これはフェミニスト・アーティストである
ジュディ・シカゴの作品「Dinner Party」にインスパイアされたもの。
エミリー・デキィンソンやヴァージニア・ウルフ、ジョージア・オキーフ、、、
わたしもだいすきな歴代の女性の詩人や作家や社会活動家たち、
彼女たちを迎えるために配された食膳、並べられた皿とクロス。
集まった かの女性たちはそこでどんな話をするのだろう。
彼女たちが過ぎ去った扉をあけて、食卓につく、
置かれた皿を目の前に、誰かが少しずつ、語り出す。

そんなことをイメージして、
路地と人でも女性たちの対話のための
ディナー・パーティをひらくことになりました。
女性と社会を結びつける、
フェミニズムの運動として行われてきたディナーパーティ、思考の種。
けれど日本ではフェミニズムというと、ある種の偏見があったり、
ほとんどの方は知らない、分からないという。
躊躇する。
それはわたしもそうだった。

だからこのFood of thoughtの話を
キュレーターのエミリーから持ちかけられたとき、
わたしも正直、戸惑った。
日本の女性たちに“フェミニズムについて話しましょう”って言っても、
どんな反応があるのか目に見えている。
そもそもわたしは解っているだろうか、とか。


わたし自身、ほんとうのことを言えば
十代に入るまで、自分の意志でスカートを履いたことがない女の子で、
女の子としての自分に違和感があった。
(それは今でも残ってるけど)
真っ黒な上下ジャージにスニーカー、髪は短く、分厚いメガネ、
いつも男の子と間違われた。
“女”としての自覚も自信もなく、
かといって、男の子になりたいわけでもない。
自分の“女”という性別をもてあまし、
スカートを履いていた女の子を遠くからあこがれてみていた。
自分は変態かもしれない、と心のどこかで思っていた。

そんなわたしが女性についてきちんと考えるようになったのは、
やっぱり、3.11がきっかけだった。

あれからこの1年と数ヶ月のあいだに、
わたしは家族環境や戸籍や生活や景色が変わった。
変わざるを得なかった。
それにともなって、
自分の意志とは違うところで影響してしまうものもあることを知って、
わたしは初めて社会的に女性はどうあるのか、
ひとりの人間としてどうあるのかを考えた時間だった。
それはいまでも進行形で学んでいるけれど。


この"Food of thought"をどうしたらよいか悩んでいるわたしに、
野中モモさんが中西豊子さんの
「女の本屋(ウィメンズブックストア)の物語」を勧めてくれた。
日本の女性運動の草分けの時代、
関西に女性のための書店を日本で初めて開いた中西さん。
最初はウーマン・リブとか、80年代ぽいなあ、、
なんて読み始めたのだけど、読んでいるうちに、
「女のくせに」という言葉が平気で使われる時代、
戦時中の女性たちへの軽視、、
戦後の高度成長期での男女の格差、蔑視、
中西さんの時代の女性たちがおかれた環境の酷さと、
それに対して、傷つき怒りながらも、
逞しく、ユーモアをもって跳ね返そうとする、
生き生きとした中西さんの文章に涙がでた。
わたしは初めて、過去の日本の女性たちがどれだけ汗と涙を流して、
家庭や社会からの暴力、偏見、差別に耐え、
いまの社会に介入してきたかを知った。


わたしはフェミニズム、
日本ではウーマン・リヴ、ともよばれる運動を
大きく誤解していた。女性でありながら。

1970年の国際反戦デモのなかには、
「女性解放」を掲げた女性だけの隊列があったという。
それが日本で最初のウーマン・リヴ運動だということを、
わたしは初めて知った。

これは驚いたけれど、記憶を紐解けば、
そういう闘う女性たちは時代時代に何人もいて、
わたしは彼女たちに時代や場所を超えて、
とても近しいものを感じている。

米軍基地を取り囲んだイギリスのグリーナムの女たち、
自分たちの土地を守るサパティスタの女たち、
イスラエルのパレスティナ攻撃を非難したイスラエルの黒い女たち、
原水禁運動を始めた杉並の女たち、

そしていまは、福島の女たちが立ち上がっている。
福島の女たちだけでなくて、
いま抗議やデモや何かで動いている女性たち、
わたしの友だちもそうだ。
わたしの衝動的な抗議やパフォーマンスの呼びかけに
「やろう!」っていっしょに動いてくれた女ともだち。
そんな彼女たちにいつだってわたしは励まされてきた。


わたしが会う女性たちのなかには、
家族の反対をおしきって抗議にきている女性もいた。
パートナーに秘密にしてきている女の子もいた。
わたしはそういう女性を知ると、ひとりひとり抱きしめたくなる。
わたしは何もできないけれど、その痛みは知っている。
抱きしめて、
そしてこう言ってあげたい。
ここにあなたの夫やパートナーがいないことは
寂しいかもしれないが、悲しいことでない、
あなたは鍬を手にしたんだ。
あなたは自由だ。


そして、そんなふうに悩みながらも動いている、
七転八倒している女性たちを、
いきものとして愛おしいと思う。

デモや抗議だけじゃなくて、
ふつうの暮らしの中で、日々の生活の中で、
もがいて、土を耕し、種をうえている女性たち、
そんな彼女たちに旗をふりたい。
わたしの親愛なる友だちにも。
それとひとりでうちひしがれている、愛すべき姉妹がいたら、
その彼女にも。


みえるだろうか。

ハロー、ハロー。






2012/08/19

8.18 終わらないうたをうたおう

▼脱原発杉並「踊る有象に見る無象 盆ダンス with 福島 つまり盆踊り」
【盆おどり 第二部】 [00:00-00:12] ▼怒りのドラムデモ feat.小塚ルイコ&ジンタらムータ ・「メルトダウン・ドドンパ音頭」 ・「ファンク炭坑節」 [00:13-00:25] ▼DJイルコモンズ+MCいずもり ・「盆ディスコ」 [00:25-00:34] ▼脱原発杉並+みなさん ・かんしょ踊り
わたしは練習のみで本番参加できなかったのだけど、 ドラム隊の有志が参加。
ジンタらムータとのセッションも練習だけでもすごく楽しかったし、
勉強になった。
本番はこんなふうだったのね。
よかった。よかった。 最後はDJイルコモンズ 映像みて、涙でた。 みんなの演奏にひとり、ふたり、踊り始める。
いつもいつも抗議やデモで
怒り剥き出しに叩いたり吹いたりしてるけど、
それは ただただ明日には笑えるように、
それだけだったりする。
終わらない歌を歌おう クソッタレのために
終わらない歌を歌おう 全てのクズたちのために
終わらない歌を歌おう 僕や君や彼等のために
終わらない歌を歌おう 明日には笑えるように

2012/08/08

8.7 KEEP ON, KEEP ON, KEEP ON



ある東京の美術大学の構内の隅で。

ぐっと来た。

最近の学生は、、なんて、つい言っちゃいがちだけど、
それぞれの速度で何か感じている筈。

これを貼った子、誰かわからないけど、
いつか会ってるかもしれない。



































SO......

KEEP ON BEATING.
KEEP ON LIVING.
KEEP ON FIGHTING.

2012/08/05

8.5 DEMOCRACY NOW

きょうはこれから神保町へ
オスプレイの配備に反対を訴える
「10万人沖縄県民大会に呼応する8・5首都圏集会」
に行くので、急いでいま思っていること。

きょうの朝日新聞によると、
エネルギー政策の意見聴取会の結果、
2030年までに原発ゼロを求める意見が7割を占めたという。

これをうけて我らが野田首相、
官邸前抗議に対してどう対応するか、さらに見物だ。
再稼働の理解を得られる、訳がない。

そして原発と同じく、
止めたいのが沖縄・高江のヘリパット建設。

近い未来、原発がとまったとしても、
それに替わる権力がすり替わるだけだったら意味がない。
原発を止めることは、
自分たちの暮しを自分たちの手で守り、作る権利を手に入れることなのだと思う。
今の一部の政治家と権力者による意思決定のシステムを破壊すること、
政治をわたしたちの掌に取り戻すことだ。

それと同じことが基地問題にもいえる。
根っこはつながっている。
原発を止められるなら、基地問題も止められる筈、でしょう?


だからきょうも抗議に行ってきます。







2012/08/01

7.29 天と地/The Wildfire Spreads


天から、地から、この一日をとらえた映像。
そこには、風をうけて広がる野火のような人の群れ。




怒声のなかに 歓声があり、
見知らぬ人のなかに 親しい人がいて、
懸命に輪になり、
音を、手を、あげた。


この日は
数万人のなかで、
そこにいない そこを目撃した人のなかで
わたしが 生きた、貴重な証、になった。

この先がみたい。


その先がみたい。
もっと先へ。

2012/07/27

7.27 Summmmer JAM/アトミックサイト

すべてを溶かしてしまうような日差し。
眩暈がしそう。

そして騒がしい週末がまたやってくる。

ここしばらく力がでない。

この猛烈な暑さもあるのだけど。
せめて暑さで倒れないよう、
お茶じゃなくて、レモン水を飲んでいる。

考えたら、この暑さで楽器を演奏しながらの数時間のデモって
中学のバスケ部の夏練習くらいハード。
あのときは蜂蜜漬けのレモンと水を休憩ごととっていた。
何にもなしに歩いたら具合が悪くなるのは当然だった。

16日のさよなら原発10万人デモでは
あやうく倒れるところだった。
デモのあとに友だちに分けてもらった飲みものが美味しくて、
人間何を飲むかってすごく大事だなって思った。

土曜日は「脱原発中野も」、
日曜日は国会包囲です。
国会ではひさびさ、
石川雷太、山川冬樹、伊東篤宏、イルコモンズ
アトミックサイトの面々が集合しそうで嬉しい。
忘れたころにやってくる、アトミックサイト。

きょうも あしたも これからも
長くゆるやかに続く。