7、8日の両日は、ボヘミアン・パンチ会議。
会議というか、昨日はE氏も交えて空の下で楽器の練習。
この三人で小さな小さな楽団みたいなものを作れないかな、
なんて話してます。
路地裏や街角で演奏しているような、流しの楽団みたく。
いつかデモで演奏できたらいいな。
わたしは憧れのアコーディオンを借りて練習。
かなりおもしろいけど、
空気を入れる左手と、鍵盤の右手がそれぞれの動きをとるのがむずかしい。
そして重い。
これ腕の筋肉けっこう使う。
アコーディオンはあたたかく、ちょっとノスタルジー。
異国の調べがよく似合う。
日が暮れるまで、三人ですきなように音を出して、
こんな曲をしようとか話し合った。
こんなことがすごく楽しい。
わたしは小さい頃、ピアノを習っていたけれど、
よく考えたら人とこんなに合奏するようになったのは、3.11以降だった。
学校の音楽の授業以来してなかったかもしれない。
わたしのピアノの先生は、美人だけど恐ろしく厳しい先生だった。
おそらく世の中の一番怖い教師は、ピアノの先生だと思う。これはドラム隊の中で数人の意見と一致した。
日本のピアノ教育は基本的にクラッシック楽曲と楽典を教える。
それもバイエル、ブルグミュラー、ハノンと段階があって、
自由にすきな曲を弾ける訳でもなく、他の楽器と演奏する機会もない。
ピアノは基本的にオーケストラの編成に入っていない。
ソロが前提の楽器といえる。
ピアノがひとつのオーケストラなのかもしれない。
ひとつの楽器でオーケストラと対峙できるようになるよう、
ちいさいころから叩き込まれる。
わたしはピアノはすきだったけど、まったくついていけなかった。
音を間違え、暗譜も苦手。音階も聴きとれなかった。
先生が恐くて、間違えるのが恐くて、指に掻いた汗で鍵盤で指が滑っていた。
もっと日本のピアノ教育も、自由になったらいいのに。
もっと音を楽しめる子どもがふえると思う。
おとなもそうだね。
いま、わたしがそうだ。
音楽の歓びを再発見している。
これはすごくおおきなことだ。
音楽は一生、ともだちだな。